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懐かしい日本の味。
ホテルにはキッチンがあり、一通りの道具は揃っています。
下の通りには野菜・果物の市場もあり雑貨屋さんもあるので便利です。
ただ、二人だと自炊をしても以外に高くつく事があるので、日本人の多い「ヴェニス」のような宿を待っていたのです。

有志を10名ほど募りメニューは焼き鳥丼に決定。というのも、インドにいる時、実家からの仕送りの品の中に、「エバラ 焼き鳥のタレ」をリクエストしておいたのです。
夕方買出し、野菜・米は手に入ったのですが、肝心の鶏肉がなく豚にしようか?(イスラムの国なのに豚肉も買えます)と考えていたとき、ふとカゴに入った鶏を発見!店の人に聞くと選んだ鳥をその場で肉にしてくれるとの事。
普段平気な顔で鶏肉を食べているくせに、いざこんな状況になると躊躇する日本人たち・・・
約10分の協議のすえ、これも貴重な経験と思い2匹ほどさばく事に。
首を切られた後、お湯に付け毛をむしります。その後内臓を取り出しブツ切りに・・・

無事米も炊け、肝心の焼き鳥はなぜか卵のない親子丼になってしまいましたが、全員大満足。
梅昆布茶で漬けた浅漬けも大好評。さっきまで生きていた鶏も成仏してくれたことでしょう。

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by tateshi-nabae | 2005-09-25 21:44 | エジプト旅行記
ヴェニスホテル
エジプトへ着いた翌日、早速情報収集のため最上階にある、「サファリホテル」へ。
『カイロへ着いたらサファリを目指せ!』という諺はありませんが、バックパッカーの間では有名な格言で、確かに中東・アフリカ・ヨーロッパ等の情報ノートが充実しており非常に助かります。
2.3年ホテルに宿泊している人も多く旅の知識も豊富で、重鎮・長老として尊敬を集めています。

私たちが知りたいのは、シリアビザの取得方法と国際学生証の作り方です。
シリアへはヨルダンのあと入国の予定ですが、取得するには日本大使館の推薦状が必要だったりエジプトビザを延長しなければならなかったり、少々複雑。。。正確な情報が欲しかったのです。
もうひとつ国際学生証とは、中東を旅する人なら必携のカード。
中東の遺跡の入場料はとても高く設定されているのですが、このカードがあれば半額以下や無料になる施設が多いのです。少々高いのですが元は十分取れます。
私たちは学生ではないので、当然ニセモノなのですが作ってくれるカードはちゃんとした本物で・・・パスポートがあればノーチェックで作ってくれます。
ちょっとややこしいです。もちろん厳密にいえば違法行為なのですが、私としては闇両替商のような必要悪だと考えてます。あくまでも自己責任です。
結局ビザの件は情報が古かったので直接大使館に電話して聞くことに。イスラム圏では金・土曜日が祝日にあたるので残念ならが電話は休み明けになります。

ホテルのテラスはちょうど日陰で涼しく、フリースペースになっているので自然と人が集まり、情報交換が始まります。ホテルの隣にはパン屋さんがあり、小腹がすくとテラスにある「ひも付カゴ」にお金を入れ下にスルスルと降ろし欲しいパンを大声で叫びます。すると気づいた店の人が出てきてパンを入れてくれます。
なるほど、カイロにはエレベーターがないマンションが多いのでこんなアイデアが生まれたのでしょう!

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by tateshi-nabae | 2005-09-25 21:26 | エジプト旅行記
エジプト!
お久しぶりです。
私たちは2日前、無事エジプトのカイロに到着しました。トランジット先のイギリスヒースロー空港では、インドとのあまりの物価の違いに、両替後も約一時間ほど、「騙されたんじゃないの?」とか電卓片手に考え込んでました。サンドイッチ1個が600円もするなんて!!
中東の後のヨーロッパの旅のことを思うとめまいが・・・

カイロへは深夜の12時に着。空港でビザを取得、両替を済ませていざ市内へ!
しかし、12時でバスは終了。。。もう少し急いでいれば良かったのですが。
あとはタクシーしか方法はありません。少々高かったのですがしかたなく乗ることに。
カイロの道はとても広く、深夜ということもあって運転手はガンガン飛ばしまくります。
目指すは有名な安宿が入っているビル。最上階に「サファリ」その下に「ヴェニス」さらに下には「スルタン」とバックパッカーの間では、もはや知らない人はいないくらい有名な宿です。
どんな感じかといえば、私たちが泊まった香港の伝説のビル「チョンキンマンション」とまでは行かないけど、チョンキン予備軍とでもいえばいいのでしょうか!?もちろんエレベータなんかありません。
「サファリ」「スルタン」にはドミトリー(雑魚寝)しかないので、私たちはヴェニスへ。
しかし、あいにくその日はドミしかなかったので、ドミに泊まり翌日ダブルルームに移ることに。
ドミで10エジプトポンド(約180円/一人)と格安。このビルには日本人も多く情報収集にはもってこいです。何よりもこの金額が魅力です。

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by tateshi-nabae | 2005-09-25 21:04 | エジプト旅行記
次なる国へ・・・
4ヶ月にも及ぶアジアの旅もついに終了!
香港・中国・ベトナム・カンボジア・タイ・インド・ネパールを駆け抜けました。本来なら3ヶ月の予定だったのですが1ヶ月オーバ-してしまいました。
私たち旅行者は、その国々の表面的な一部分しか見ることが出来ないのが残念ですが、ニュートラルな気持ちで日本にはない考え方、物の見方をする人々に出会い、固まっていた頭も少しはほぐれたような気がします。
特に印象深いのは、やはり『インド!』楽しかったのも腹がたったのもインドでした。あるもの全てを拒むのではなく、全てを受け入れようとする「インド的」な考え方に少なからずカルチャーショックを受けたものです。

旅の醍醐味は『出会い』と以前書きましたが、本当に色々な人と出会う事が出来たと思います。
特にデリーではたまたま客引きに連れてこられて泊まった「ホテル・スターパレス」その代表のサジャーン&サジャーンファミリー、つり銭をごまかすけど親切なスタッフ達。
結局、3回に渡り合計21日も宿泊してしまいました。その内酒を飲まなかった日が5日間のみ、あとは毎日ボトル1本飲み終えるまで返してもらえないという(笑)拷問のような日々・・・底なしのインド人パワーを見せつけられました。
ヒロ子の誕生日にはサジャーンの自宅に招待され、家族全員で祝ってもらったりもしました。ほんとインドのファミリーです!


名残惜しいですが、私たちの旅はまだまだ続きます。残すところ8ヶ月!
次はエジプトから始まるイスラム圏の旅。ヨルダン・シリア、ゴールはトルコのイスタンブールです。サジャーンが勝手に増刷した名刺がまだ450枚くらい余っているので、最低450人には会わなければ・・・
さらなる出会いを求めて、いざエジプトへ! Where there’s a will, there’s a way.

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by tateshi-nabae | 2005-09-21 00:48 | インド旅行記
空港までお出迎え。
先日、初めてデリーの地下鉄に乗りました。私たちが初めてデリーを訪れたときはまだ工事中だったのですが、コルカタのホテルで開通のニュースを耳にして、今度デリーに帰ったら絶対乗ろう!と決めていたのです。
デリーの中心地コンノートプレイスの地下の駅から、とりあえず1区間だけ適当に乗りました。料金は6ルピー。オートリキシャで宿まで帰ったら20ルピーはするので、それに比べたら激安っ!
どうりでいつもなら50ルピーとかボッてくるリキシャの運ちゃん達が、こっちの言い値で行くようになったと思っていたら、地下鉄の影響だったのでしょうか?
で、結果ニューデリー駅の裏側についてしまい(最初はどこに着いたのかも分からずウロウロ)
駅の裏から表まではかなりの距離、そんな距離歩いたのならコンノートから歩いて帰れてました・・・
ただ、現在パハールガンジの近くにも駅を建設中らしく、それが完成すれば安くコンノートまで行くことができるようになります。
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その日の夜、オーナーのサジャーンが、お客さんをピックアップしに空港まで行くというので連れて行ってもらいました。お客さんは日本人らしくネットでホテルとピックアップの予約をしていたそうです。
空港のゲートには、他のホテルの従業員やらその他、訳の分からない人たちで大混雑。そんな中、私もお客さんの名前を書いたプレートを持ってお手伝い。無事、お客さんとめぐり合うことができました。
私達も21日のAM2:00にはこの空港から旅たつと思ったら、妙にしんみり・・・これがウワサのインド病かな?

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by tateshi-nabae | 2005-09-19 23:16 | インド旅行記
ガネーシャ祭り
デリーに帰ってくると、急に何もする気が起こらず宿の周辺をウロウロするだけ・・・
この日もお気に入りのお香を買いに行った程度。でも通りに出るとどうも様子がおかしい。店の人とかが通りに出てきて何やらソワソワといった雰囲気。
しばらくするとスピーカーから爆音を響かせた車、その後ろに全身真っ赤な人・・・と同時に赤い粉が空中に舞いそれらの人々も狂ったように踊っている。よく見るとさらに後ろに、2頭の馬に引かれた山車の中にヒンズー教の神様の一人『ガネーシャ』が。
ホテルのスタッフに聞くと、かれこれ1週間ほどインド全体でこの『ガネーシャ祭』が行われているとの事。
ガネーシャはインドで大人気の神様、『シヴァ神』の息子。ただ、その父の顔を知らずに育ったため、ある日入浴中の母親に「誰も通さないように」と命じられ見張りをしていた時、たまたま帰って来た父のシヴァをも部屋に入れる事を拒み、その逆鱗に触れc0007557_2304442.jpg首を切られたそうです。
我に帰った父シヴァは、たまたま通りかかったゾウの首を息子にくっつけて復活させたので、ガネーシャの顔は像の顔になったそうです。
そこからガネーシャは、復活・繁栄特に商売繁盛の神さまとして、インドで崇められるようになったそうです。↓赤い粉をかけられた犬・・・c0007557_2321819.jpg

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by tateshi-nabae | 2005-09-18 20:50 | インド旅行記
再びデリーへ!
10日間の滞在を終え、無事デリーへ戻ってきました。宿は相変わらスターパレスに落ち着いてます。溜まった写真を一気にアップしました。
夜の8時にダラムサラを出発したバスは、運悪く快適なツーリストバスではなくオンボロガバメントバス・・・地元の人がワンサカ乗り込んできます。その度にバスは停まり、いったいデリーには何時に着くのだろうかとツーリスト一同不安げ。。。
インドはほとんどが鉄道の旅だったので、短い距離は別として夜行バスに乗るのは初めてでしたが、見事にハズレくじを引いてしまったようです(笑)

まぁ、それはさておき10日のうち、晴れた日が1日しかなかった「ダラムサラ」とはいえ、かなり楽しかったです。
というのも私たちの大好きな動物が沢山いて、特に「ワンコ」はみんな愛嬌があってかわいく私たちを癒してくれました。
ここでちょっと紹介です。
ワンコたちはみんな人懐っこく、クッキーを上げると「えっ!このクッキー本当に食べていいんすか?」ってな目でこっちを見ます。左下の白い奴は一見すると、白熊の子どものようですがじっと見ていたら「ワンワン!」と吠えたので多分です。右下ナメクジは超ビッグ手のひらサイズ。ちょっとやそっとの塩じゃ死にそうにありません。食べ物がなくなったら茹でたら食えそうな奴です。生だと赤貝的な味がしそうです。

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by tateshi-nabae | 2005-09-16 21:10 | インド旅行記
カルマパ17世に逢う!!
そろそろ秋なので、バックの色をベージュに変えてみました。

ダラムサラを9月15日に出てデリーへ戻ることを決めた私たち、町はほとんど見尽くしてすることもなくなりつつありました。心残りといえば、ダライラマ法王が国外に出ていて逢えなかった事。
やはりそう簡単にはいきませんでした・・・それもそのはず、この町にはダライラマ法王に会うために、何ヶ月も忍耐強く待ち続ける旅行者が多いらしく、ゲストハウスもキッチン付きのところが結構ありました。それでも逢えるチャンスは限られているのです。さすが世界のVIP、ノーベル平和賞を受賞した人物だけあります。
ということで、私たちは比較的簡単に逢えるという(噂の)、カルマパ17世に会いに行くことにしました。
ダライラマがチベット仏教の最大派閥ゲルク派の最高位なのに対して、カルマパはカギュ派の最高位。どちらも活仏として人々の熱心な信仰を受けています。
カルマパ17世が住むギュトー寺までは、私たちの泊まっているアッパーダラムサラからジープとバスを乗り継いで約1時間半で到着。1時半からパスポートチェックが開始され、その後厳重なセキュリティチェック。写真は厳禁との事。
一週間のうちこうやって謁見できるのは水・土曜日の2日のみ。以前は毎日謁見できたらしいのですが・・・
本堂に通された人々は約100人。しばし待つこと約15分。身長は180センチ近くあるでしょうか?かなり大柄で目つきの鋭いカルマパ17世が入場。私が写真で見たカルマパは17歳の頃のもので、現在彼は20代半ば(※正確な年齢がわかりませんでした。)16世の死後、17世に選ばれ、わずか14歳で中国政府から逃れるためチベットからこのダラムサラへ亡命するという波乱の人生。私には到底荷が重過ぎるし、想像することすらできません。
最後に、カルマパ17世自らが作ったという赤い色の紐を頂きました。その間わずか5分程でしたが、「逢えて嬉しい」というよりも、「無事終わってホッとした」という方が正直な感想です。

明日の夜バスに乗り、明後日の朝にはデリーへ再び戻ります。
いよいよ香港からスタートした旅も15日で4ヶ月が経ち、5ヶ月目を向かえるとともに、アジアの旅も終わろうとしています。とりあえずの一区切りってとこでしょうか?

↓カルマパの住む、ギュトー寺。          晴れた日には万年雪を湛えた山を望めます。↓
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by tateshi-nabae | 2005-09-14 21:43 | インド旅行記
雨季の終わり・・
丸2日間、雷を伴った激しい雨がやっと上がり、そのタイミングを見計らったように通りには露天が並び、約1週間ほど町はお祭りのような賑やかさに包まれます。
手作りの肉まん・チベット風蒸餃子・色とりどりの甘味類。町の外れの広場には昔懐かしい輪投げや・射的、人力ながら物凄いスピードで回る観覧車など、ある意味あまり乗りたくない乗り物など・・・それらを無邪気な姿で楽しむチベット僧たち・・・修行が足りんゾ!
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日本の百均のような、コップや風呂桶を熱心に見て回る現地の人たちに紛れて、我々が目を付けたのが畳1畳ほどのブランケット。チベットの名産のウールでできた鮮やかな柄が目を引き、「これ、欲しい!」と一目ぼれ。聞くと150ルピー(約400円)安い!とても軽くて温かいのだ!
しかしながら私には日本から持参した、ユニクロのブランケットが(確か1500円くらいだった気が・・・)一晩考えてもやっぱり欲しい!そこで、ユニクロブランケットを小脇に抱え、翌日同じ店へ。
おっちゃんに、「これは日本のお店で買った、ユニクロブランケットである。これと、そのブランケットを交換して欲しい。」おっちゃんはチベット人で何を言っているのか全く分からなかったが、どうやら
交渉は成立!?結局、私のを50ルピーで買い取ってもらい、100ルピーで『ニューブランケット』を購入!荷物を増すことなく、久々に良い買い物ができたと思っている。
そう、モノに定価がない国では、『お互いに気持ちよく売る・買う』ということが重要で、その後、他の店で同じ商品が100ルピーで売っていようが、一向に構わないのである・・・

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by tateshi-nabae | 2005-09-11 21:03 | インド旅行記
ダラムサラ
現在ダラムサラ滞在4日目。一日のうち数時間しか太陽は顔を見せず、初日に干した洗濯物が未だ揺れております。
朝1時間くらい晴れて、その後霧が出て雨が降りだし昼ごろには止むパターン。雨が止んでもずっと曇っているような状態です。洗濯物は半乾き状態。とってもクサいので今日こそはと望みをたくして毎日同じ服を洗ってます・・・日本には部屋干し専用の洗剤が出たって聞きました。それが欲しいよぅ!

ダラムサラはアッパーダラムサラとロウワーダラムサラの二つに分かれており、それぞれ10kmぐらい離れています。同じダラムサラと名前が付いているのが不思議なくらいですが元々人々はロウワーに住んでおり、そこへチベットから亡命してきた人々がその上の地区に町を作り、自然とアッパー・ロウワーと区別されるようになったらしいのです。
初めてバススタンドに着いたときには、ここがどこなのかも分からない始末・・・
さすがに小さな町なので見て回るには2日あれば十分ですが。

今泊まっているホテルのすぐ近く(といっても50mくらい階段を登らないと一般道に出ない)にルンタという日本のNGOとチベット難民組織が共同経営するレストランがあり、日本食が食べられます。(ベジタブルのみ)日替わり定食は250円くらい、お好み焼き、オムライスは100円位。さすがに日本の味に限りなく近くて美味しいです。
その上、日本語の本も沢山あり、しかも100ルピー払えば本を無期限で貸し出してくれ、本を返せば90ルピー返してくれるので、結局は10ルピーで本が借りられることになります。チベット難民・仏教に関する本も多く勉強になります。
町へ出れば日本人の口に合うチベット料理が沢山あるので食に関しては困ることはありません。
やはり当面の悩みは洗濯物でしょうか・・・
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by tateshi-nabae | 2005-09-08 18:47 | インド旅行記