カテゴリ:インド旅行記( 38 )
次なる国へ・・・
4ヶ月にも及ぶアジアの旅もついに終了!
香港・中国・ベトナム・カンボジア・タイ・インド・ネパールを駆け抜けました。本来なら3ヶ月の予定だったのですが1ヶ月オーバ-してしまいました。
私たち旅行者は、その国々の表面的な一部分しか見ることが出来ないのが残念ですが、ニュートラルな気持ちで日本にはない考え方、物の見方をする人々に出会い、固まっていた頭も少しはほぐれたような気がします。
特に印象深いのは、やはり『インド!』楽しかったのも腹がたったのもインドでした。あるもの全てを拒むのではなく、全てを受け入れようとする「インド的」な考え方に少なからずカルチャーショックを受けたものです。

旅の醍醐味は『出会い』と以前書きましたが、本当に色々な人と出会う事が出来たと思います。
特にデリーではたまたま客引きに連れてこられて泊まった「ホテル・スターパレス」その代表のサジャーン&サジャーンファミリー、つり銭をごまかすけど親切なスタッフ達。
結局、3回に渡り合計21日も宿泊してしまいました。その内酒を飲まなかった日が5日間のみ、あとは毎日ボトル1本飲み終えるまで返してもらえないという(笑)拷問のような日々・・・底なしのインド人パワーを見せつけられました。
ヒロ子の誕生日にはサジャーンの自宅に招待され、家族全員で祝ってもらったりもしました。ほんとインドのファミリーです!


名残惜しいですが、私たちの旅はまだまだ続きます。残すところ8ヶ月!
次はエジプトから始まるイスラム圏の旅。ヨルダン・シリア、ゴールはトルコのイスタンブールです。サジャーンが勝手に増刷した名刺がまだ450枚くらい余っているので、最低450人には会わなければ・・・
さらなる出会いを求めて、いざエジプトへ! Where there’s a will, there’s a way.

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by tateshi-nabae | 2005-09-21 00:48 | インド旅行記
空港までお出迎え。
先日、初めてデリーの地下鉄に乗りました。私たちが初めてデリーを訪れたときはまだ工事中だったのですが、コルカタのホテルで開通のニュースを耳にして、今度デリーに帰ったら絶対乗ろう!と決めていたのです。
デリーの中心地コンノートプレイスの地下の駅から、とりあえず1区間だけ適当に乗りました。料金は6ルピー。オートリキシャで宿まで帰ったら20ルピーはするので、それに比べたら激安っ!
どうりでいつもなら50ルピーとかボッてくるリキシャの運ちゃん達が、こっちの言い値で行くようになったと思っていたら、地下鉄の影響だったのでしょうか?
で、結果ニューデリー駅の裏側についてしまい(最初はどこに着いたのかも分からずウロウロ)
駅の裏から表まではかなりの距離、そんな距離歩いたのならコンノートから歩いて帰れてました・・・
ただ、現在パハールガンジの近くにも駅を建設中らしく、それが完成すれば安くコンノートまで行くことができるようになります。
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その日の夜、オーナーのサジャーンが、お客さんをピックアップしに空港まで行くというので連れて行ってもらいました。お客さんは日本人らしくネットでホテルとピックアップの予約をしていたそうです。
空港のゲートには、他のホテルの従業員やらその他、訳の分からない人たちで大混雑。そんな中、私もお客さんの名前を書いたプレートを持ってお手伝い。無事、お客さんとめぐり合うことができました。
私達も21日のAM2:00にはこの空港から旅たつと思ったら、妙にしんみり・・・これがウワサのインド病かな?

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by tateshi-nabae | 2005-09-19 23:16 | インド旅行記
ガネーシャ祭り
デリーに帰ってくると、急に何もする気が起こらず宿の周辺をウロウロするだけ・・・
この日もお気に入りのお香を買いに行った程度。でも通りに出るとどうも様子がおかしい。店の人とかが通りに出てきて何やらソワソワといった雰囲気。
しばらくするとスピーカーから爆音を響かせた車、その後ろに全身真っ赤な人・・・と同時に赤い粉が空中に舞いそれらの人々も狂ったように踊っている。よく見るとさらに後ろに、2頭の馬に引かれた山車の中にヒンズー教の神様の一人『ガネーシャ』が。
ホテルのスタッフに聞くと、かれこれ1週間ほどインド全体でこの『ガネーシャ祭』が行われているとの事。
ガネーシャはインドで大人気の神様、『シヴァ神』の息子。ただ、その父の顔を知らずに育ったため、ある日入浴中の母親に「誰も通さないように」と命じられ見張りをしていた時、たまたま帰って来た父のシヴァをも部屋に入れる事を拒み、その逆鱗に触れc0007557_2304442.jpg首を切られたそうです。
我に帰った父シヴァは、たまたま通りかかったゾウの首を息子にくっつけて復活させたので、ガネーシャの顔は像の顔になったそうです。
そこからガネーシャは、復活・繁栄特に商売繁盛の神さまとして、インドで崇められるようになったそうです。↓赤い粉をかけられた犬・・・c0007557_2321819.jpg

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by tateshi-nabae | 2005-09-18 20:50 | インド旅行記
再びデリーへ!
10日間の滞在を終え、無事デリーへ戻ってきました。宿は相変わらスターパレスに落ち着いてます。溜まった写真を一気にアップしました。
夜の8時にダラムサラを出発したバスは、運悪く快適なツーリストバスではなくオンボロガバメントバス・・・地元の人がワンサカ乗り込んできます。その度にバスは停まり、いったいデリーには何時に着くのだろうかとツーリスト一同不安げ。。。
インドはほとんどが鉄道の旅だったので、短い距離は別として夜行バスに乗るのは初めてでしたが、見事にハズレくじを引いてしまったようです(笑)

まぁ、それはさておき10日のうち、晴れた日が1日しかなかった「ダラムサラ」とはいえ、かなり楽しかったです。
というのも私たちの大好きな動物が沢山いて、特に「ワンコ」はみんな愛嬌があってかわいく私たちを癒してくれました。
ここでちょっと紹介です。
ワンコたちはみんな人懐っこく、クッキーを上げると「えっ!このクッキー本当に食べていいんすか?」ってな目でこっちを見ます。左下の白い奴は一見すると、白熊の子どものようですがじっと見ていたら「ワンワン!」と吠えたので多分です。右下ナメクジは超ビッグ手のひらサイズ。ちょっとやそっとの塩じゃ死にそうにありません。食べ物がなくなったら茹でたら食えそうな奴です。生だと赤貝的な味がしそうです。

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by tateshi-nabae | 2005-09-16 21:10 | インド旅行記
カルマパ17世に逢う!!
そろそろ秋なので、バックの色をベージュに変えてみました。

ダラムサラを9月15日に出てデリーへ戻ることを決めた私たち、町はほとんど見尽くしてすることもなくなりつつありました。心残りといえば、ダライラマ法王が国外に出ていて逢えなかった事。
やはりそう簡単にはいきませんでした・・・それもそのはず、この町にはダライラマ法王に会うために、何ヶ月も忍耐強く待ち続ける旅行者が多いらしく、ゲストハウスもキッチン付きのところが結構ありました。それでも逢えるチャンスは限られているのです。さすが世界のVIP、ノーベル平和賞を受賞した人物だけあります。
ということで、私たちは比較的簡単に逢えるという(噂の)、カルマパ17世に会いに行くことにしました。
ダライラマがチベット仏教の最大派閥ゲルク派の最高位なのに対して、カルマパはカギュ派の最高位。どちらも活仏として人々の熱心な信仰を受けています。
カルマパ17世が住むギュトー寺までは、私たちの泊まっているアッパーダラムサラからジープとバスを乗り継いで約1時間半で到着。1時半からパスポートチェックが開始され、その後厳重なセキュリティチェック。写真は厳禁との事。
一週間のうちこうやって謁見できるのは水・土曜日の2日のみ。以前は毎日謁見できたらしいのですが・・・
本堂に通された人々は約100人。しばし待つこと約15分。身長は180センチ近くあるでしょうか?かなり大柄で目つきの鋭いカルマパ17世が入場。私が写真で見たカルマパは17歳の頃のもので、現在彼は20代半ば(※正確な年齢がわかりませんでした。)16世の死後、17世に選ばれ、わずか14歳で中国政府から逃れるためチベットからこのダラムサラへ亡命するという波乱の人生。私には到底荷が重過ぎるし、想像することすらできません。
最後に、カルマパ17世自らが作ったという赤い色の紐を頂きました。その間わずか5分程でしたが、「逢えて嬉しい」というよりも、「無事終わってホッとした」という方が正直な感想です。

明日の夜バスに乗り、明後日の朝にはデリーへ再び戻ります。
いよいよ香港からスタートした旅も15日で4ヶ月が経ち、5ヶ月目を向かえるとともに、アジアの旅も終わろうとしています。とりあえずの一区切りってとこでしょうか?

↓カルマパの住む、ギュトー寺。          晴れた日には万年雪を湛えた山を望めます。↓
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by tateshi-nabae | 2005-09-14 21:43 | インド旅行記
雨季の終わり・・
丸2日間、雷を伴った激しい雨がやっと上がり、そのタイミングを見計らったように通りには露天が並び、約1週間ほど町はお祭りのような賑やかさに包まれます。
手作りの肉まん・チベット風蒸餃子・色とりどりの甘味類。町の外れの広場には昔懐かしい輪投げや・射的、人力ながら物凄いスピードで回る観覧車など、ある意味あまり乗りたくない乗り物など・・・それらを無邪気な姿で楽しむチベット僧たち・・・修行が足りんゾ!
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日本の百均のような、コップや風呂桶を熱心に見て回る現地の人たちに紛れて、我々が目を付けたのが畳1畳ほどのブランケット。チベットの名産のウールでできた鮮やかな柄が目を引き、「これ、欲しい!」と一目ぼれ。聞くと150ルピー(約400円)安い!とても軽くて温かいのだ!
しかしながら私には日本から持参した、ユニクロのブランケットが(確か1500円くらいだった気が・・・)一晩考えてもやっぱり欲しい!そこで、ユニクロブランケットを小脇に抱え、翌日同じ店へ。
おっちゃんに、「これは日本のお店で買った、ユニクロブランケットである。これと、そのブランケットを交換して欲しい。」おっちゃんはチベット人で何を言っているのか全く分からなかったが、どうやら
交渉は成立!?結局、私のを50ルピーで買い取ってもらい、100ルピーで『ニューブランケット』を購入!荷物を増すことなく、久々に良い買い物ができたと思っている。
そう、モノに定価がない国では、『お互いに気持ちよく売る・買う』ということが重要で、その後、他の店で同じ商品が100ルピーで売っていようが、一向に構わないのである・・・

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by tateshi-nabae | 2005-09-11 21:03 | インド旅行記
ダラムサラ
現在ダラムサラ滞在4日目。一日のうち数時間しか太陽は顔を見せず、初日に干した洗濯物が未だ揺れております。
朝1時間くらい晴れて、その後霧が出て雨が降りだし昼ごろには止むパターン。雨が止んでもずっと曇っているような状態です。洗濯物は半乾き状態。とってもクサいので今日こそはと望みをたくして毎日同じ服を洗ってます・・・日本には部屋干し専用の洗剤が出たって聞きました。それが欲しいよぅ!

ダラムサラはアッパーダラムサラとロウワーダラムサラの二つに分かれており、それぞれ10kmぐらい離れています。同じダラムサラと名前が付いているのが不思議なくらいですが元々人々はロウワーに住んでおり、そこへチベットから亡命してきた人々がその上の地区に町を作り、自然とアッパー・ロウワーと区別されるようになったらしいのです。
初めてバススタンドに着いたときには、ここがどこなのかも分からない始末・・・
さすがに小さな町なので見て回るには2日あれば十分ですが。

今泊まっているホテルのすぐ近く(といっても50mくらい階段を登らないと一般道に出ない)にルンタという日本のNGOとチベット難民組織が共同経営するレストランがあり、日本食が食べられます。(ベジタブルのみ)日替わり定食は250円くらい、お好み焼き、オムライスは100円位。さすがに日本の味に限りなく近くて美味しいです。
その上、日本語の本も沢山あり、しかも100ルピー払えば本を無期限で貸し出してくれ、本を返せば90ルピー返してくれるので、結局は10ルピーで本が借りられることになります。チベット難民・仏教に関する本も多く勉強になります。
町へ出れば日本人の口に合うチベット料理が沢山あるので食に関しては困ることはありません。
やはり当面の悩みは洗濯物でしょうか・・・
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by tateshi-nabae | 2005-09-08 18:47 | インド旅行記
無事、ダラムサラ着!
うだるように暑かったデリーを離れて、北部の町『ダラムサラ』へ来ました。
ニューデリー駅を夜の10:00に出発した列車、朝には一番近くのパタンコート駅に着。
そこから、リキシャー・バスを乗り継ぎ約4時間で『ダラムサラ』へ。
しかし、バス停留所から町の中心までは、さらに9kmの距離。折からの大雨でがけ崩れが発生しバスは出ていないとの事・・・
仕方なくタクシーにて移動。(あとで、乗り合いジープがあることが判明・・・)
客引きに連れられてきたのは『ホテル・トウキョウ』日本人経営の宿です。
宿に着いたときには、体もバックもビショビショ・・・ザックカバーなんか全く意味なし。
というのも、ここまで来るバスが素晴しくオンボロでそこら中、雨漏りだらけ・・・
ホットシャワーがソーラーパワーでなく、電熱式なのが助かります。ソーラーだと太陽がないと使い物にならないので。

ここ『ダラムサラ』気候はというと、この前行ったダージリンより少し寒いくらい。標高は1.300メートル。長袖・長ズボン・靴下がないとちょいとツラいかも・・・
人々はよりチベット系が多くなり、インド系の濃い顔はグッと少なくなります。店の客引きも全くなく少し寂しいくらいです。

そして何よりこの町が有名な理由として、チベット亡命政府があることでしょうか?
先日、飛雲棒さんが教えてくれたサイトを見ると良く分かります。興味のある方はどうぞ!
町の様子は追って紹介します。ダラムサラ情報

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by tateshi-nabae | 2005-09-06 20:35 | インド旅行記
ついにダラムサラへ!!
デリーへ来て、2週間弱も経ってしまった・・・
ホテルのロビーで日本人客を迎えては見送り・・・を繰り返していました・・・
おとといはバラナシへ、昨日はコルカタへ、今日はアーグラーそして日本への帰国を見守りました。なんだかしみじみって感じです。
逆に、何日か前に見送った人がまた同じホテルに帰って来たときは、やっぱりうれしい(喜)
旅のみやげ話も聞けるしね!
最近では、ホテルの従業員的な存在になってしまったような気がします。

が、ヒロ子の誕生日も過ぎそんな生活に終止符を打つべく今日、駅へ『ダラムサラ』行きのチケットを買いに行きました。駅にはまだ旅慣れてない観光客を狙った偽チケット手配人がいて別の窓口に誘い込もうとしています。旅も3ヶ月になればそのへんの「うさんくささ」も嗅ぎ別けられるようになります。
「俺に声をかけるとは、おまえなもまだまだ青いゼッ!」てな感じです。

ダラムサラへはまず夜行列車で一番近くの駅まで行き、そこからローカルバスで約4時間で着。もう乗ることのないインドの鉄道に再び乗ることになって、少し複雑な心境です・・・

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by tateshi-nabae | 2005-09-04 01:52 | インド旅行記
インドで誕生日!
ヒロ子の2×回目の誕生日は、デリーで迎えることになりました。
ホテルのオーナーの自宅に招かれ、他の日本人宿泊客も参加して大盛り上がりのパーティー!
でっかいケーキもあって大満足。
夜の9時くらいからスタートしたにもかかわらず、1時過ぎまで全員でダンシングタイム☆かなり盛り上がりました。
で、仕上げはママの作ったカリー攻撃(笑)今回はチキンカリーでした。深夜にもかかわらず、2杯もおかわり・・・でも、とっても美味しかったです。c0007557_2242590.jpgc0007557_224391.jpg

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by tateshi-nabae | 2005-09-02 22:04 | インド旅行記