カテゴリ:カンボジア旅行記( 3 )
カンボジア~タイ

カンボジアのでアンコールワット三昧の二人でしたが、ついに重い腰を上げてタイのバンコクを目指しました.というのも6/8日サッカー日本代表の試合がバンコクで行われるからです.あわよくば選手たちに会えるかも!なんてミーハーぶりを発揮しつつ朝7時のバスに乗りました.
が、いきなりの給油&タイヤの故障・・・タイヤはともかく、ガソリンくらい入れてから来いよ!!オイ!しかもタイとの国境ポイペトまでの道がデコボコだらけで最悪.車が分解するんじゃないかって思うくらいの振動、橋なんかは半分川に沈んでます.おかげで頭痛&吐き気のままバンコク入り.
早速、日本料理にいくと入り口に貼り紙があります.なになに「今晩5時から日本代表VS北朝鮮、みんなで一緒に応援しよう!」ガーん・・・・ヒロシです・・・もう8時とです・・・
残念ながら中継は見れませんでしたが、お店の人に2-0で勝ったと聞きました.そんなこんなでもうバンコクにきてしまいました.
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by tateshi-nabae | 2005-06-09 22:03 | カンボジア旅行記
宿のミー&トカちゃん
アンコールワットの町「シェムリアップ」に来て早1週間が経とうとしてます。初日以外は「アンコールワットゲストハウス」というベタな名前のホテルに泊まってます。1泊2人で400円!激安です。宿はアットホームな雰囲気でついつい長居しております。
ただフロントに「ミー」という男がいて、この男が何かにつけ軽~くボッてくるのです。たとえば「明日何をするか?」と聞かれ、「自転車を借りてうろうろする予定」と答えると、「じゃあ、俺が2ドルで借りてきてやるよ!」といわれましたが、事前に1ドルで借りられる事は知っていたので、断りましたし、他にはバンコクまでのバスチケット代が13ドルで取れるとか(本当は11ドル)サッカー日本代表オフサイドトラップ並の微妙なラインでボッてくるので、腹立たしいやら、おかしいやら・・・
あと、私達の部屋106号室には、同居人?がいてその名も「トカちゃん」体長約30cmの緑色のトカゲです。いつもは壊れているクーラーの後ろに潜んでいますが、私達が外に出るとそこから這い出てきて、部屋に帰ったときは「あっ!帰ってきちゃった?」てな感じで隠れます。私達が部屋で息を潜めてじっとしていると、誰もいないのかと勘違いしてヒョッコリ出てきますが、すぐに私達の姿を見て隠れてしまいます。
写真取れたら、載せたいのですがなんせ「シャイ」な奴なんで・・
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by tateshi-nabae | 2005-06-07 22:06 | カンボジア旅行記
プノンペン
カンボジアの首都プノンペンでは、特に何をする予定もなかったので町をブラブラしようと思い、
宿の人に教えてもらったマーケットを目指して歩いていました。大通りこそ舗装されていますが、一歩裏通りへ入ると未舗装のデコボコだらけの道です。
約30分くらい歩いたところで突然鉄条網の張り巡らされた施設を発見。初めは刑務所かな?と思っていました。壁沿いに歩いていくと入り口と受付があります。どうやらこの施設は何かの博物館らしいのです。
とりあえず入ってみようと思い4ドルを払い中へ。建物はコンクリート造りで鉄棒もあり学校のようですが、パンフには英語の説明文と囚人のように番号を付けられた人々の写真・・・
不安な気持ちを隠しつつまずはA棟へ、10畳ほどの部屋の真ん中にさびたパイプベッドとそのベッドに繋がれたままの錆びた鎖。ふと壁に目をやるとそこには、部屋にあるのと同じベッドの上で黒く焼け焦げた人・・・思わず部屋を飛び出しました。落ち着きを取り戻し次は隣の部屋に入ります。そこにも先の部屋と同じベッドと鎖・・・ただ壁にかかっている白黒の写真だけは違っていました、黒く焦げた焼死体の写真に変わりはありませんでしたが・・・人だけが別人でした。A棟1階にはそのような部屋が8つ程あったでしょうか。2.3階へは上がれないようになっています。
つづいてB・C棟にはパンフにあったような番号をつけられた多くの人々の写真や、教室内をレンガや板で幅1m、奥行き・高さ2mに区切った独房のような部屋。そしてその部屋の中にも錆びついた鎖がありました。
そこまでいって、やっと気付きました。ここは今から約30年前、カンボジアの狂った独裁者ポルポトによる民族大虐殺の為の施設だったのです。その名を「ツールスレーン」といい、やはり元は学校だったようです。よく見ると床には30年前のまま残された、数多くの血痕が見て取れます。最後に入った棟には、虐殺に使用した道具や、虐殺された人たちの頭蓋骨が展示されていますが、やはり初めに入ったA棟のインパクトが強く、見ている最中もA棟で見た光景だけが思い出されました。
宿へ帰ってから色々と調べましたが、なぜこのような事が起こってしまったのか?ということは謎のままです。つい30年前にこのような残虐なことが行われていたのかと、大人から子どもまで屈託のないカンボジアの人々の笑顔を見るたびに、ツールスレーンA棟の光景を思い出してしまいます。






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by tateshi-nabae | 2005-06-05 21:33 | カンボジア旅行記