カテゴリ:シリア旅行記( 5 )
アレッポ
シリア最後の町、「アレッポ」に到着。いわずと知れた、「アレッポ石鹸」の町です。
ここからトルコまでは、バスで2時間ほどという距離です。
3日前に到着して、アレッポ城を見学したり、旧市街を見学しました。シリアで一番うっとうし奴が多い!
歩いていると、すれ違いざまに「シン・ション・シャン」とか、明らかに中国人を馬鹿にした発言。
もちろん私は中国人ではないが、それでも何人もの人に言われると、かなり怒りのボルテージが上がってきます!
確かに、中国人・韓国人・日本人の見分けを付けろというのが無理かも知れませんが、いきなりの「シン・ション・シャン」は幾らなんでも礼を失してはいないか?
他の地域の人々が、特に優しかっただけに、ここでの洗礼にはヘコみました・・・残念です。
しかしまぁ、長かったラマダンも11/2には終わるそうで、みんなテンション上がってんのかな~?とか考えて許しましょう。ぼちぼち酒屋も開いてきたし。(ラマダン中1ヶ月間は休み)
ラマダン明けには、日本のお盆休みのような感じで3日間の祝日があり、交通機関もストップしてしまうので、その前にトルコへ移動です。
結局、ヨルダン・シリアはかなりの駆け足、約2週間の滞在でした。内容は異様に濃かった気がします。
ということで、中東の最後の土産にバックギャモンとアレッポ石鹸を購入!!
既に水タバコ(シーシャ)を手に入れている私たち・・・かなりの重さです。
バックギャモンはトルコ発祥の2人用ボードゲーム。サイコロを振ってコマを進める陣取りゲームのようなものです。中東ではかなりメジャーな遊びで、昼間からカフェで紅茶を飲み、シーシャを吸いながらバックギャモンに熱中する、「大丈夫かな?このこの人たち・・・」というような愉快な連中が多数生息。
アレッポ石鹸は日本でもかなり有名な無添加オリーブ石鹸です。
宿の親父に、購入のポイントを教えてもらい、いざ街へ。宿では4つ星が最高級と教えてもらったのですが、私たちが入った店にはなんと!ナント!8つ星があるではないか!4つより8つの方がステキなハズ・・・心なしか色も濃いし、香りも強いようなきがする(←宿の親父に教えてもらった購入のポイント)
結局、1キロ程購入し4人で分けました。大体1個200gくらいです。これで冬のヨーロッパの乾燥もヘッチャラと思いたい・・・
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写真右隅は現在泊まっている宿。屋上のフリースペースにマットレスを引いただけ・・・かなりの寒さです。

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by tateshi-nabae | 2005-11-02 04:44 | シリア旅行記
「クラック・デ・シュバリエ」
パルミラを2日ほどで切り上げた我々は次なる都市、「ハマ」へ向かう途中に「ホムス」という町に立ち寄りました。
ここには「クラック・デ・シュバリエ」という城があり、その城があの「天空の城・ラピュタ」のモデルであるとの噂があったからで、もともと十字軍遠征の際に築かれた城というのは到着後に知ったのです。
城に向かう途中、ここは日本か?と錯覚してしまいそうなくらい日本の田舎、それもちょうど今の季節田んぼの稲を全部刈ってしまって、稲の切り株とワラの色に染まった田んぼがそこにはありました。予断ですが、私はこの「稲の切り株」が結構好きで、小さい頃はゴルフボールをのっけてティーショットをしてみたり、「学校から一直線に帰る」と一人で決めて田んぼの中を通る時、靴の裏で「ザク・ザク」と踏み潰してみたり、そんな懐かしい光景を思い出してしまいました。

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いざ城に足を踏み入れると、2重になった城壁やその間の堀、周囲で一番高い丘に建っていることなど、まぎれもなく「戦略的城砦」なのだという事が分かります。
その他にも、食糧貯蔵庫や東西南北にある見張り台、大きな浴場までありました。
あと、面白かったのが『緊急脱出口』があったことで、いつの時代も権力者の考えることは同じなんだとしみじみ・・・

で、肝心の「ラピュタ」ですが、似てるような似てないような・・・微妙なラインです。
「ラピュタのモデルのひとつ」という表現が正確かも知れません。

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by tateshi-nabae | 2005-10-30 04:00 | シリア旅行記
パルミラ遺跡
首都ダマスカスからシリア西部の町「パルミラ」へやって来ました。
紀元前1世紀から紀元3世紀もの長い間、シルクロードの隊商都市として繁栄したここ「パルミラ」
オアシスの中に突然現れるパルミラの町。しかし現在では遺跡のほとんどが、崩れてしまい、広大な土地に残るのは、比較的保存状態の良い、「ベル神殿」   
それ以外は柱、柱、柱・・・柱しかありません。ヨルダンで「ぺトラ遺跡」を見て北上してきただけに、よっぽどの柱好き以外は「まっ、ぺトラの方がすごいね」となってしまいます。もう少し保存状態が良ければ・・・残念です。
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by tateshi-nabae | 2005-10-30 03:35 | シリア旅行記
「クネイトラ」
「クネイトラ」という町をご存知でしょうか?私もシリアに入るまで聞いた事もない町でした。
シリア西部ゴラン高原にあるこの町、1967年イスラエルとの戦争により占領され、74年のイスラエル軍撤退の際に破壊され今は廃墟となっています。
シリア政府は「イスラエルの残虐行為の記録」として、修復する事なく当時のまま残しています。
観光客も内務省で許可を取れば入域を許されるので、早速私たちも行ってきました。
許可自体はパスポート持参で内務省に行き、約1時間で許可証を発行してもらえます。
現在この町は、非武装地帯として国連の監視下にあり、勝手に動くことは許されず常に公認のガイドが張り付き、撮影禁止場所(国連施設、警察、国境周辺など)を撮影していないか見張っています。正直あまり気持ちのいいモンではありませんでした・・・
町はまさに「ゴーストタウン」、教会・モスク・病院はもとより、一般人の住居までが破壊されている・・・それも徹底的に。
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目の前に見えるゴラン高原は、今も尚イスラエルに占領されたままで、この地域の緊張した関係が現在のシリアとイスラエルの関係そのものだ。
人種と宗教が複雑に絡み合ったイスラエルとアラブ諸国の関係だけに、一方が正しくて、一方が悪いというような、簡単な図式では考えることができないが、いつの世も戦争で犠牲になるのは罪もない一般人である。そして、肉親や友人を殺された人々がさらにお互いに憎しみあう・・・
悪の連鎖である・・・
同時に、この問題は自国の利益だけを求め続けた大国の矛盾が生み出した結果でもある事を無視してはいけないと思う・・・
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by tateshi-nabae | 2005-10-25 21:36 | シリア旅行記
シリア「ダマスカス」
ヨルダンの首都「アンマン」を一気に駆け抜けた私たち、一路北上シリアへ入国しました。
最初の町は首都「ダマスカス」4000年もの歴史を持つ情緒ある町ですが、あまりこの国にいいイメージがないせいか訪れる人は少ないといいます。
アンマンを朝出るとお昼にはダマスカスへ着いてしまいます。この辺りはどこへ行くにもバスで3.4時間と移動が楽なのが良いところです。
この日も昼頃には到着、体力・気力ともに十分だったので、「久々に気合を入れて宿探しでもすっかぁ!」と意気込み、安宿街を手当たり次第に当たっていきます。今までは客引きに連れて行かれるがままに宿を決めていたのですが、やっぱ自分で探すと見つかるもんですね!いい宿が!TV・冷蔵庫・室内トイレ・バスという好条件。しかも従業員はおじいちゃんのみ!!安心できます(笑)
休憩後町を散策、さすがに古い町だけあって、路地を入るたびに絶好の写真撮影ポイントがいたる所にあります。日本でいうと、倉敷や尾道の京都のような雰囲気の町です。(海はありませんが・・・)
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http://dokonano.com/tateshi/
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by tateshi-nabae | 2005-10-25 02:26 | シリア旅行記